日記

気になる表現: 2010年アーカイブ

カタカナ表記

2010年3月 5日 10:06

カタカナ表記のぶれ、という問題がある。ぶれても他の単語と重ならなければ誤解は少ないので、本人の中で統一さえされていればいいのではないかと思う。

例:バイオリン と ヴァイオリン、デバイス と ディバイス、スムーズ と スムース など。

しかし、ちょっと変わることで他の単語と重なってしまう場合は、あえて言い分けに注意したいというのが個人的な意見。

例:バッグ(鞄) と バック(後ろ)

この類は実に多く流通していて、わかっていてもどうしても気になってしまう。

バック(後ろ)
 → ハンドバック(後ろ手)
 →セカンドバック(2回目はバックで)

ベット(賭ける)
 → 2段ベット(賭け金倍)
 →ダブルベット(さらに倍)

ゲージ(目盛)
 → ゲージで飼う(目盛の上で飼育)

ディスク(円盤状のもの)
 →ライティングディスク(光る円盤)
 → ディスクトップ(UFO搭乗)

元より嫌煙家の方々の過敏反応は好きではないのだが。

福音館書店が発刊している「たくさんのふしぎ」2月号に、喫煙シーンがたくさんあるということで抗議が殺到したそうで。希望者からは回収、代金の返却を行なったとのこと。我が家も定期購読していたので、実際にその本を見ることができた。

話の流れは、東京が江戸と呼ばれていた当時のことを、おじいさんがパイプをくゆらせながら語るというもの。昔はこうだったという江戸語り、それは無関係な切り離された世界ではなく、目の前にいるおじいちゃんにつながっているという象徴としてのたばこ。物語として考えれば不快感はないのだけど、嫌煙家にとっては喫煙を肯定し、しかも子どもの前でのべつまくなし吸っているなんて!と、怒り心頭だったようだ。

まぁ実際、子どもの前でたばこを吸い続けるのはどうかとは、思う。俺自身も愛煙家だが、親しい人の前や、同席者が喫煙者の場合、分煙された場所以外は喫煙を控えている。まして子どもの前では、吸わない。その点は確かに、気にならなくもない。

ただ、嫌煙家であったとしても、江戸時代にたばこが嗜好品として普及していた事実を今から変えることはできない。もちろん、その後に害悪が判明したのだから、これからのことは変えて行けばいい。子どもには、「昔はこうしてみんな吸っていたんだけど、今では悪いってわかって吸う人が減っているんだよ。お前も吸うなよ」と、話をすればいいと思う。
とにもかくにも、実際にあったことや今もあることを隠して、情報をブロックすることで子どもを守ろうというのは、やはり過保護にすぎるのではないかと思う。隠していても、危険は存在する。危険を知って、回避もしくは解決できる大人に育ってもらいたいと、俺は思う。だからというほどでもないが、定期購読を中止することもなく購入し、子どもにも読ませている。

そんなことがふと気になって調べていて、あちこちで取りざたされている小児科医のブログを発見。書いてあることは、よくある嫌煙家の過剰反応といった雰囲気で見慣れたものだが、ひとつ、決定的に腹が立つエントリがあった。

踊る小児科医のblog
12月25日付けのエントリで、福音館の件の絵本について書かれている。
それはもう、お怒りだ。
子どもにこんなものを見せてはいけないと、実際の絵本を何ページにも渡りデジカメで撮影、掲載している。
子どもを守るためなら、著作権など無視してもいいのだ。きっと。
さんざん撮影し、転載までした絵本は、きっと福音館書店に回収してもらい返金してもらうのだろう。
有害なものには金を払う必要なんてないんだ。
それが著作権で保護されていようと、さんざん自分のブログのために使った後であろうと。

12月28日に、福音館書店が該当絵本の回収を発表すると、その旨記した上で「この記事(原題は『福音館書店不買運動:タバコを巧妙に美化する絵本「たくさんのふしぎ」』)は状況と経緯を記録するためにそのまま残させていただきます。」と追記。

…したにも関わらず、この12月25日のエントリはその後削除されている。俺がエントリを確認できたのは、Yahoo!のキャッシュのおかげだ。
ブログ自体も、2010年1月18日現在コメントもトラックバックも停止されている。

偉そうなことをさんざん言っておいて、自分が一度発表したものを、しかもその後に「これは残す」と追記までしたものを削除する。自分の言ったことを、ただ単に削除しないでおくなんてことさえできないのに、人の出版物をけなし放題にけなしているのだ。無断転載までして。そして、意見も受け付けない。
こんな人が、ひとりの大人としてインターネット上に偉そうな肩書きで発言し続けているのは、俺には到底許せない。受動喫煙より被害が大きいと誰かが皮肉を言っていたが、まさにその通りだ。言ったことは、思いのほか反響が大きければなかったことにすればいい、そう言っているに他ならないのだから。それを子どもが真似たらどうするんだ。

掲示板、ブログ、Twitter。目の前にいて、その場で釈明できるコミュニケーションではなく、予想していなかった人が読み、反応するコミュニケーションが増えている。自分の発言が誰にどんな影響を与えるか、それを考えながら発言できるようにならなければ、情報流通と同時に伝達ロスも増大し続けているこの情報化社会を生きていける人間にはなれない。

受動喫煙を考えない喫煙者と、他人への影響を考えずに放言や極端な行動をして責任を取らない人間。

どちらもいいとは言えないが、比べれば前者の影響範囲は小さいものだ。

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