訪問 |
大辞泉によれば訪問とは、
[名](スル)人をたずねること。他人の家などをおとずれること。「友人宅を―する」「会社―」
とある。用例に従えば、訪問する人や場所をつけて単語化されることもある。例えば、教師が生徒の家庭を訪れることを「家庭訪問」と言う。教師が訪問するからと言って、「教師訪問」とは言わない。むしろ、生徒が教師を訪ねるときにこそ「教師訪問」と言うべきだと思う。
さて。
明日は長男の小学校で「教育長訪問」があるそうだ。生徒の代表が教育長を訪問し 、という訳ではない。教育長が、小学校を、訪問するのだ。そりゃ、教育長による学校訪問だろ 。学校を主体として表現したいなら、教育長来校だ。日本語がめちゃくちゃだ と思ったが、どうやらネット上で検索してみる限り、教育長訪問とは一般的に使われている表現らしい。学校限定だが。
さらに長男のれんらくちょうには「けいかくほうもん」と書かれてあった。けいかくほうもん おそらく計画訪問だろう。漢字はすぐわかった。しかし意味はわからない。計画的に訪問するのか、計画のために訪問するのか、はたまた計画が訪問するのか。いやもしかしたら「計算能力および画力向上のための学校訪問、略して計画訪問」みたいなことなのか。とにかく分からんが、計画訪問だ。こちらもネット上で検索してみると、学校限定ではあるが普通に使われている。あまりに普通に使われていて、説明さえ添えられていない。説明されていないので、結局わからない。
俺があまりに世間知らずなのか? とにかく計画訪問ってものが何なのか理解するまで、10分程度ネットの海をさまよう必要があった。結局わかったことは、教育委員会の人が研究のために学校で実際に行われている授業を見て、その後現場の教員たちと反省会などの情報交換を行なうのが計画訪問の内容らしいということ。ん? 計画なんて言葉はどこにも出てこない。何の計画なんだ? ということでさらに調べること10分。どうやら、教育委員会が計画して、つまり教育委員会が主体となって学校を訪問するのを「計画訪問」、逆に学校側の要請に応えて教育委員会が学校を訪問する場合を「要請訪問」という具合に分類しているようだ。つまりポイントは「計画」にあるのではなく、主体が教育委員会側にあるか、学校側にあるかという点にあったのだ。
推測するに、教育関係者の中では「学校訪問」だけでは範囲が広すぎるため、学校訪問をさらに細分化した表現が求められたのだろう。細分化された結果が「教育長による学校訪問 = 教育長訪問」であり、「教育委員会が計画して実施する学校訪問 = 計画訪問」なのだろう。ここまで調べれば、単語の背景もなんとなく想像ができる。
しかし、ポンと「計画訪問」と言われても、何のことやらさっぱりわからない。まして、れんらくちょうにただ一言「けいかくほうもん」と書かれても 。おそらく担任は、「明日は計画訪問があり帰宅時刻が普段より早くなる」ということを伝えたかったに違いない。それを端的に伝えるために選んだ単語が「計画訪問」だった訳だ。教師には一般用語として通用するようなので「計画訪問と書いてあれば、お昼で終わりだってわかるだろう」ってことだったのかもしれない。 が! 計画訪問なんて教育関係の資料にしか使われないような専門用語を一言ポンと書かれたところで、こっちは口をポカンと開けるばかりだ。
毎度、学校からのアウトプットには腹が立つ。なぜ、ほんの一言の説明を面倒くさがるのか。一言、「これはこういうことです」と説明を添えれば済む話なのに。説明が必要な単語なのかどうかさえ理解できていないんだ、という指摘もあるかもしれないが、そんなに浅い論点で話をしているのではない。コミュニケーションが職務上で大きなウェイトを占める教師という職業において、自分が道具として使うべき言葉を客観視できないようでは、職務怠慢としか思えない。そこまでを含めて、毎度腹がたつのだ。
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